浦島太郎

2008年7月27日 18:31

♪ むかし むかし 浦島は 助けた亀につれられて
竜宮城へ来てみれば 絵にもかけない美しさ・・・・♪

 

このなつかしいメロディを聞いたことがある人は多いと思います。
これは今から100年近く前の明治44年につくられた文部省唱歌「浦島太郎」です。
この唱歌の元になった浦島太郎のお話は、同じ頃制度化された「国定教科書制度(全国で同じ教科書を使う)」で、小学校低学年向けの国語教科書に採用されて、国民の間に一挙に知れ渡ることになりました。
戦後、教科書には採用されなくなりましたが、今でも様々な出版社が子供向けのお話として出版し続けているので、記憶に残っている人が多いと思います。

 

ところで、浦島太郎のお話はおおよそこのようなストーリーです。

 

~ 貧乏な漁師の青年が、子供たちにいじめられていた亀を助けると、お礼としてその亀に海底の竜宮城へ連れて行ってもらいます。
竜宮城では乙姫様の歓待を受け、楽しく数年を過ごしましたが、ホームシックにかかり、故郷へ帰ることになりました。
帰り際、乙姫様からおみやげに玉手箱をもらいますが、”これはけっして開けてはなりません”と言われます。
故郷に帰ると、見知らぬ人ばかりで、そこではすでに何百年もたっていました。困った青年は、乙姫様との約束を破って玉手箱を開けてしまい、あっという間に白髪のおじいさんになってしまいましたとさ ~

 

浦島太郎のお話は、桃太郎や一寸法師などと同じ昔話の一つですが、このお話が教科書に掲載された理由には、このお話の教訓的な内容が非常に分かりやすく、子供向けの道徳教育として役に立ちそうだということが挙げられます。
つまり、動物を愛護しなければならないということ、良いことをすれば良いことがあるということ、逆に約束を破ってはいけないということなどです。

 

浦島太郎のお話は八世紀ごろから、とても格式の高いいわば公式文書である万葉集や日本書紀などの文献に残されています。そのため民間伝承などで伝えられてきたほかの昔話と違い、れっきとした創作文学だという考え方もあります。
さらに浦島太郎の原型は「丹後国風土記(タンゴノクニフドキ)」に残されています。おもしろいことは、丹後国風土記に記されたストーリーは私たちになじみが深い浦島太郎ストーリーとは少し異なっています。

 

~ むかしむかし、丹後国(今の京都府北部地域)に浦島子という青年がいました(子がついているからといって女性ではなく男性です。加えて貧乏な漁師ではなく、豪族の息子でした)。
ある日、海でのんびり釣りをしていると、偶然五色の亀を釣り上げました。すると、突然その亀は亀姫という美しい女性に変身しました。一目ぼれした青年は彼女に蓬莱山(ホウライサン)という島に連れていかれ、結婚して幸せに暮らしました。
ところが三年後ホームシックにかかり、なんとしても故郷に一度戻りたいということになりました。亀姫から決して開けてはならないという玉手箱を貰い、故郷に帰ってきましたが、景色は一変しており、三百年の月日が流れていました。
青年は亀姫が恋しくなり、つい玉手箱を開けてしまいますが、するとあっという間に若々しかった青年は白髪の老人になってしまいましたとさ ~

 

 

このように、万葉集や日本書紀、さらに丹後国風土記に記された浦島太郎のお話の原文には、主人公の青年が貧乏な漁師であったり、子供たちに亀がいじめられていたり、助けた亀に海の底の竜宮城へ連れて行かれ、そこには亀の主人である乙姫様がいたというシーンがありません。
現在の浦島太郎のお話に不可欠なこれらのシーンは、室町時代から江戸時代にかけて流行した絵入り物語「御伽草子(オトギゾウシ)」に採用されてからということになります。