和菓子 ~ 和菓子の歴史

2011年10月27日 17:33

 

「菓子」は古くは「果子」とも書かれ、木の実や果物を意味していました。
今、私たちが菓子という言葉から思い浮かべる菓子の原形は、餅(もち)や団子(だんご)です。
その後、茶道文化の発展とともに、和菓子も目覚しい発展を遂げました。
そして、長い年月を経て現在の和菓子の形に辿り着いたのは江戸時代とされています。

 

饅頭(まんじゅう)と羊羹(ようかん)
鎌倉・室町時代に中国から「点心」(当時1日2食だった食事の間に少量食べられる菓子や間食、軽食のこと)がもたらされましたが、饅頭と羊羹はその点心の代表的な菓子でした。
饅頭は蒸し菓子の代表格で、古くから日本人に親しまれ、羊羹は小豆を主体とした餡を寒天で固めた和菓子で、もともとは中国の料理(羊の肉のお吸い物)だったとされています。

 

上菓子(じょうがし)別名:京菓子
和菓子は江戸・元禄時代に京都で大成し、その当時高価だった白砂糖を使った高級菓子ということで、上菓子又は京菓子と呼ばれ、宮中や公家、寺社、茶家に納められたり、特別なお祝いのためにあつらえられたりしました。
その製法は職人によって千差万別で、微妙な違いがそれぞれの個性になっていました。
その後、上菓子は幕府の所在地である江戸に伝わり、幕府や大名・旗本は行事や贈答、茶の湯や饗宴で大量の上菓子を消費し、さらに参勤交代制によって各地の城下町に広まっていったのです。

 

江戸の菓子
江戸時代後期には、安価で庶民的な大福などの「餅菓子」、「みたらし団子(だんご)」、米粉を原料にした「米饅頭」、桜の名所・隅田川堤で生れた「桜餅」、そのほか「金鍔(きんつば)」などが生れました。

 

今でも広く人気の高いこれらの和菓子は江戸時代から続いているのです。