和菓子 ~ 桜餅

2011年4月27日 17:47

いよいよ23年度が始まりました。
今年度の”和文化コラム”のテーマは「和菓子」。
日本には、五感全てで楽しむことのできる素晴らしい独自の「和菓子」というものがあります。ここでそんな「食べる和文化」紹介していきたいと思います。お楽しみにしてください。

 

さて4月、桜がきれいだなぁ・・・と花を愛でながら「あ~桜餅食べたい!!」と思ったことのある方は、少なくないと思います。

 

 

「桜餅」・・・ 桜色のお餅に渋いグリーンの葉という美しい色合い。塩漬けの桜の葉のなんとも言えない香り。口に入れたときの食感…。老若男女を問わず人気の和菓子ですね。
ところであなたは【粒々派】?それとも【つるっと派】? このお餅の違いは何なのでしょう?

 

実はお餅の表面がつるっとしている方が関東風で粒々の方が関西風なのです。
元々桜餅とは、江戸は向島の”長命寺”が発祥の地です。
八代将軍吉宗は、江戸のあちこちに名所を作る為に桜をたくさん植えました。
その落ち葉の掃除に悩んだ”長命寺”の門番「山本新六」さんが、葉を塩漬けにして小麦粉を薄く焼いた生地であんこを挟んだ餅をくるんで茶店で出してみると、なんと大当たり!これが、桜餅の始まりとされています。その為、関東風の桜餅は別名「長命寺餅」ともよばれています。
ちなみに、この新六さんはその後「山本や」という桜餅屋を創業。このお店は今でも長命寺のすぐ近くにあります。

 

 

そんな桜餅が関西に渡るときにアレンジされてできたのが関西風桜餅です。
粒々に見えるのは、もち米を蒸してから乾燥させて荒く挽いた”道明寺粉”です。これは、大阪の尼寺”道明寺”で作られていたのが有名なのでこの名がついたそうです。この道明寺粉を使用したことから、上方風の桜餅は「道明寺餅」とも言われています。
桜餅というとこの粒々タイプを思い浮かべる人が多いようですが、実はこちらのほうが後輩なんですね。

 

好みは人それぞれですが、皆さんも遠い江戸の桜風景に思いをはせて食べ比べをしてみてはいかがですか?
でも、食べすぎは厳禁です!
桜葉の塩漬けの香り成分である”クマリン”は摂り過ぎると身体に良くないらしいので、ほどほどにしておきましょう(*´∀`)

正月事始めは12月から?!

2010年12月27日 17:49

早いもので今年も残すところわずかとなりました。皆さんは今年一年、良い年になりましたか?

 

今回は、皆さんの来年がもっと良い年になる様に、お正月の準備について少しお話します。

 

古くから日本では、元旦(1月1日)は、新しい神様を迎える大切な日とされており、その準備を始める日もお日柄の良い日を選んだものでした。
その日は12月13日で、この日は旧歴で「鬼宿」と呼ばれ、婚礼以外は全てにとって【吉日】と言われています。
そして古くからこの日を「煤払い(すすはらい)」と呼ぶ、1年の汚れを落とす日としています。
これは、れっきとした神事で、新年を迎える為の清めの儀式です。TVニュースなどでも見かけますが、神社やお寺では煤払いが行われます。大掃除のようなものですね。

 

 

今の私達からすると、大掃除をするには時期的に少し早いと思うかも知れませんが、当時お屋敷に奉公している人達が正月位は自分の家で家族と過ごせる様にと、早目に掃除をしてお正月休みとしたのだそうです。
又、遅くとも28日までには大掃除や正月の準備(門松を飾る等)をします。29日は「苦の日」ということで縁起が良くないとされていたので、準備をお休みし、31日に準備することは、これも「一夜飾り」と言って敬遠されていたので、遅くとも30日までにはお正月の準備終わらせることが良いとされているのです。

 

皆さんの中にも、大晦日からお正月にかけてお寺や神社へ初詣に行かれる方が多いかと思います。そこで除夜の鐘を耳にすると思いますが、どうして除夜の鐘は108回叩くのでしょうか?
これは俗に人間の煩悩(欲)が108個あると言われている事に関係しています。
107回は旧年中に叩き、最後の108回目は新年に入ってから叩くのですが、これは、新しい年には煩悩に悩まされず過ごせますように・・・との願いが込められてのことだそうです。

 

神様には「あれもこれも」とお願い事を言うだけではなく、日頃の感謝をお伝えすると、お願い事も叶えてくれるかもしれませんね。

 

良い新年をお迎えください^^

浴衣って?!

2010年7月27日 17:50

もうすぐ夏休みですね♪ 今年の夏は花火大会にお祭りに・・・と楽しみにしている人もいることでしょう。今年の夏は是非!!浴衣デビューをしてみませんか??

 

でも… 浴衣ってそもそも何なのでしょうか・・・?

 

実は、浴衣の起源は平安時代にさかのぼります。当時は今の様な着方ではありませんでした。

 

「ゆかた」は漢字で書くと「浴衣」と書きます。
平安時代の高貴な身分の人達が蒸し風呂(サウナみたいなもの)に入る際に、人に肌を見せない様に「湯(ゆ)帷子(かたびら)」という麻のきものを着て入浴した事が始まりなのです。
その後、江戸時代の終わり頃には「町のお風呂屋さん」が普及して、一般の人にも湯上りきものとして着られる様になり、明治時代に入ってからは、普段にも着る様になりました。

 

 

「夏といえば浴衣!!」のイメージが有りますが、実際はバスローブみたいな物だったんですね。

 

ここ数年来、若い人達の間でも夏の浴衣が流行っています。今の時期はTVのCMでも浴衣姿を多く見かけますね。

 

今年の流行は、黒地や白地にピンクや紫の大輪のお花柄や、パステル系の色味が人気みたいです。
また、今年は浴衣で目立ちたい!!という人には、洋服地で出来ている浴衣もおススメ♪

 

是非、今年の夏を浴衣で楽しんでみて下さい!(≧∀≦)

「もったいない」「リサイクル」「エコバック」などなど・・・。
みなさんの環境への意識が非常に高まってきた昨今ですが、きものはずっと昔から布を最後まで使いきるという考え方が普通でした。

 

例えば、1枚のきものを親から子供へ、そしてまたその子供へ・・・と、布が擦り切れるまで着たり、「繰り回し」と言って、きものとして着ていたものを羽織や帯に作りかえたり・・・。
また、布の端切れや部分的に傷んでしまった布などは、腰ひもやおしめ、最後は雑巾などにして使っていました。

 

もちろん現代の私たちも同じです。お母さんやおばあちゃんが着ていたきものを着たり、昔の布地で小物作りや、素材を活かして、きものから洋服に仕立て直したり!!

 

きものは手縫いが多く、直線裁ちなので、1枚の布に戻しやすいという特性があるのです。

 

右の写真は「繰り回し」で作った名古屋帯です。
もとは、海外で作ったワンピースでしたが、なかなか着る機会がないまま時が経ち・・・。
そこで、縫い目を丁寧にほどいて布地にして、帯に仕立て直しました。

 

ワンピースのままだと着難いものでしたが、意外としっくりときものに馴染んだ帯に生まれ変りました。

 

みなさんも身の回りにある洋服やきものや布などを捨てる前に、何かに変えてみませんか?
大好きな布たちは、思い出とともに最後まで大切に使っていけますね。

 

袖振り合うも他生の縁

2010年2月27日 17:59

「道で見知らぬ人と袖が触れ合うのも、深い宿縁に基づくものだ」…という意味の言葉です。「多少」と間違える人が多いのですが、この場合は【前世】を意味する「他生」が正しいです。
ちょっとした小さな出会いが、かけがえのない人になるかも知れません・・・ とはいえ、「どうして道で袖が触れ合うの?」と思う人はいませんか?
この場合の「袖」はTシャツやカットソーの袖ではなくて、きものの袖を指しています。洋服とは違って長さがありますから、きものを着ていれば袖が触れ合うこともあるかも知れませんね。

 

このように、きものにまつわる言葉は意外に沢山あるのです。いくつか挙げてみましょう。

 

「袖を通す」・・・ 新しい衣服を着る
「袖の下」・・・・ 賄賂
「袖にする」・・・ おろそかにする。冷淡にする
「袂(たもと)を連ねる」・・・ 行動を共にする
「袂を分かつ」・・・ 行動を別にする
「衿(えり)を正す」・・・ 心を引き締めまじめな態度になること
「辻褄(つじつま)が合わない」・・・ 道理が合わない
「紺屋の白袴」・・・ 他人の事に忙しくて自分自身のことには手が回らないこと

 

袂(たもと)とはきものの袖の袖口から下の部分。
辻褄(つじつま)とは裁縫用語からきたもので、きものの縦横の縫い目が合うべき部分のことです。その部分が合っていないちぐはぐな様子から派生しています。

 

 

人と切っても切り離せない衣服からの言葉は、ストレートな表現を避ける日本人ならではの美意識ですね。
しかし、最近はきものを着ている人が少なくなったせいか、こういった言葉を使う方達も減っているかも知れませんね…。
きものも言葉も大切な日本の文化です。今回は言葉の「お裾分け(*)」をさせていただきました!

 

*「裾(すそ)」・・・ もちろんきものの裾を指してます。

歌舞伎って知ってますか?

2009年11月27日 18:10

皆さんは日本の伝統芸能「歌舞伎」をご存知ですか?
「夏の歌舞伎鑑賞教室は見たことあるけど…」とか、「堅苦しい・敷居が高い・つまらない・難しい」って思っていませんか?
でも実は、歌舞伎は私たちのような普通の人達から始まったものなんです!!

 

傾き(かぶき)=歌舞伎?
戦国時代末期から江戸時代初期、京都や江戸の町に、例えば女性が男性の格好で首からはロザリオ(十字架)を下げ、刀を差すなど、型破りな格好で歌や踊りを披露していた人がいました。そのいでたちを「傾く(かぶく)」と、そして、奇抜な髪型で街を闊歩する者は「傾き者(かぶきもの)」と呼ばれていました。
そんな京都の民衆の中から始まった踊りが実は歌舞伎のルーツと言われているのです。

 

始まりは女性??
「出雲の阿国」を知っていますか?
この人は1603年(今から400年も前)頃の出雲出身の女性の踊り子さんです。
彼女は「傾き者」の格好をして踊っていた事で、とても人気が出ました。
そして、彼女は寺社の祭礼の時によく踊りを披露していたので、その踊りは京都に普及していきました。

 

いつ今の歌舞伎に?
阿国から始まった歌舞伎踊りは様々な変遷(お客を取る遊女歌舞妓→美少年の若衆歌舞伎→成人男子のみが出来る野郎歌舞伎)の後、阿国さんが活躍してから100年たった元禄時代に劇の内容を充実させ、芸の道を精進する事を義務づけられた今の歌舞伎の第一段が完成したのです。

 

 

和事?荒事??
歌舞伎を見ていると、スゴく派手な顔化粧をしている人がいますね。
基本的には昔が電気が無かったので、照明が暗い所(舞台)でもはっきり顔が分かる様に、大げさに化粧をしているのですが、それでももっと派手な化粧の歌舞伎を「荒事」と言います。
豪快で力強い荒事は江戸から始まり、アクションドラマの様に活気がある活劇です。
それに対して上方(京都)から始まった「和事」は柔らかく優美な演技で、ホームドラマやトレンディドラマの様に色恋ものや人の情に触れる筋書きの劇です。

 

ちなみに・・・荒事の派手な化粧を隈取(くまどり)と言います。
和事では男女とも顔が白い人は善人で、黒くなるにしたがって敵役になります。
衣装が派手で有れば性格も派手、地味な人は性格が良いか、あるいは真面目な人という設定なんですよ。

 

以上、歌舞伎豆知識でした!!

花さかじいさん

2009年3月27日 18:12

♪裏の畑でポチがなく、正直じいさんほったれば、♪
♪大判、小判がざくざく、ざっくざく♪
働き者のおじいさんが、白い犬を飼っていました。
ある時、裏の畑で犬が「ここほれワンワン」となくので掘ってみると、大判、小判が出てきました。
それをねたんだ隣の怠け者のじいさんは、無理やり犬を連れ去り、畑で無理やりなかせ、そこを掘るとガラクタや妖怪が出てきました。
怒った怠け者じいさんは犬を殴り殺してしまいました。
かわいがっていた犬を殺された働き者のおじいさんは、犬のお墓を作りそこに木を植えました。
その木は一晩で大きくなり、その木で臼を作り、お餅をつくと宝物がたくさん出てきました。
それを聞いた隣の怠け者じいさんが臼を持ち去り餅をつくと、出てくる物は汚物ばかり。怒ったじいさんは臼を燃やしてしまいました。
働き者のおじいさんはその灰を大事に持ち帰り冬の枯れ木にまきました。すると花が満開に咲き、通りかかった殿様が感動し、たくさんの褒美を与えました。
それを見ていた隣の怠け者じいさんはまねをするが、花が咲くどころか殿様の目に灰が入り殿様より罰せられました。

 

と、言うお話でしたね。

 

 

ここに出てくるおじいさんの対比ですが、幾つかの話があるようです。
「働き者と怠け者」 あるいは「正直者と欲張り」。そして登場する犬の素性も話によって違います。
「町に行った帰りに拾った」、「川から流れてきたのを助けた」、「川から流れてきた木を薪にしようと割ったら生まれた」等です。
日本の民話において白い動物は神の使いとされ、白い犬は働き者おじいさんの心正しい生活を祝福した神からの贈り物だったと思われます。
そしておじいさんはそんな犬をとても可愛がっていました。

 

この犬が桃太郎と同様に川から流れて出てきたように、桃太郎が鬼退治から帰った後のお話とはなさかじいさんはもともと同じ話で、主人公が桃太郎(犬)と、おじいさんを主人公にしたものとになっているようです。
惜しみなく愛情を注ぐことで、いつかそれは黄金となり、たくさんの花を咲かせる….。それが、この二つお話のテーマのようですね。

 

余談ですが、この犬の名前は何なのでしょう?
歌の中ではポチとされていますが、この歌が作られたのは明治34年になってから。「ポチ」という名はその頃に一般的だった犬の名前です。
この物話は室町から江戸時代頃からあるらしいので、最初から「ポチ」は考えにくい….。

 

一寸法師と親指姫の背比べ

2009年2月27日 18:15

「一寸法師」や「親指姫」のお話を聞いたことはありますか?
どちらも「小さな人」が主人公のお話ですね。

 

では、この二人、どちらの方が背が高いと思いますか? 物語のあらすじから分析してみましょう。
■一寸法師

 

一寸法師は老夫婦の間に授かった子供で、生まれた時から、身長が一寸しかありませんでした。
一寸法師は武士になる為、お椀を船に、箸を櫂(かい)に、針を刀にし、都へ旅立ちました。
都では鬼を退治し、お姫様を助けだしました。
そして鬼が落とした打出の小槌を拾い、それで自分の背を大きくしました。
身体が大きくなった一寸法師は、お姫様と結婚しました。めでたし。めでたし。

 

 

■親指姫

 

チューリップの花から生まれた、親指ほどの小さなかわいらしいお姫さまがいました。
ヒキガエル、コガネムシ、モグラ、ツバメに次々とさらわれたり、川に流されたり、意に沿わない相手に求婚されたり・・・波乱万丈の青春をすごしますが、最終的には、花の妖精と結婚しました。めでたし。めでたし。

 

 

 

一寸法師の身長はその名の通り一寸です。一寸は鯨尺で3.8cm(曲尺では3.3cm)ですね。
それに対して親指姫は、親指サイズで、かつ、チューリップの花の中に入れるほどの身長ということは、5~6cmといったところでしょうか。
したがって、親指姫の方が背が高いことになりますね。
しかし、打出の小槌を使った後の一寸法師は、なんと身長182cmの長身の若者に大変身をとげるのです!!

 

ちなみに、妖怪の「一反もめん」は幅36cm×長さ13m(一反)の妖怪です!!! ミイラ男の包帯とどちらが長いのでしょうか・・・・・(笑)

 

わらしべ長者

2009年1月27日 18:18

昔話の「わらしべ長者」のわらしべとはわら(藁)のことです。
ある一人の貧乏な若者が最初に持っていた何の役に立たないようなわらを色々なものに交換をしていくうちに、最後には大金持ちになったというお話です。

 

お話の中には、たとえ、わら一本のような一見価値がないと思われるものでも粗末にしてはいけないという教訓が含まれています。

 

むかしむかしある所に、正直者ですが、朝から晩まで働いても貧乏な、運の悪い若者がいました。
ある日のこと、なんとか金持ちになれるようにと、一心不乱に観音(かんのん)さまにお祈りした若者の前に観音さまが現われ、こう言いました。
「あなたは、このお寺を出る時、転んで何かをつかむでしょう。それを大事に持って西に行きなさい。」
観音様の言葉に喜んだ若者は、お寺を出たとたん、お告げ通りに石につまずいて転びました。その拍子に、一本のわらしべ(イネの穂の芯)をつかみます。そのわらしべを見て若者は、
「観音様がおっしゃったのはこれのことかなあ? これで本当に金持ちになれるのかなぁ?」
と思いましたが、観音様の言葉を信じ、わらしべを持って西に向かって歩き出しました。
すると、プーンと一匹のアブが飛んできました。若者はそのアブをつかまえると、持っていたわらしべの先に縛りつけ、また歩いて行きました。
ほどなく町にやってくると、泣きつづけていた赤ん坊が、わらしべの先のあぶを見て泣き止みました。うれしそうな赤ん坊を見て、若者は、わらしべを赤ん坊にあげました。
赤ん坊のお母さんはお礼にと、若者にミカンを三つ差し出しました。
若者はさらに西に歩いて行きました。
しばらく行くと、娘が道端で苦しんでいました。のどが渇いて苦しむ娘に若者はミカンをあげました。
元気になった娘は、お礼にきれいな絹の布を差し出しました。

 

 

絹の布を持って、若者はさらに西に歩いて行きました。
しばらく行くと、馬が倒れて困っている男の人がいました。
「どうしました?」
「馬が病気で倒れてしまったのです。町でこの馬を布と取り替えるつもりだったのに。今日中に布を手に入れないと、困るのです」
「では、この布と馬を交換してあげましょうか?」
男の人は大喜びで布を持って帰りました。
若者が夜通し馬の体をさすってやると、馬は朝には元気になりました。
馬を連れて、若者はさらに西に歩いて行きました。
城下町にやってくると、町一番の長者が、若者が連れていた馬を見てたいそう気に入り、若者を家に招きました。
長者の娘が、若者にお茶を持ってきましたが、その娘は、何と若者がミカンをあげた娘でした。
長者は、不思議な縁と若者のやさしさに心打たれ、娘を若者に嫁がせることにしました。
若者は、観音さまに言われたとおり、わら一本で長者になりました。若者は、生涯、わら一本粗末にすることはありませんでした。村人からは、「わらしべ長者」と呼ばれました。めでたし、めでたし。
笠地蔵

 

笠地蔵

2008年12月27日 18:22

~ むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ふたりは貧しくて、年の瀬だというのにお餅を買うお金すらありませんでした。
このままでは年を越せないと思った二人は、おばあさんが残り少ない「わら」で5枚笠を編み、大晦日の日おじいさんが雪の降る中町へ売りに行くことにしました。
笠を売ろうと頑張ったおじいさんですが、笠は一つも売れません。そのうち日が落ちて吹雪となり、おじいさんは諦めて帰路につきます。
吹雪の中を家に急ぐおじいさんは6体のお地蔵様が頭に雪をかぶっているのを見つけました。
可哀想に思ったおじいさんは、持っていた笠をお地蔵様にかぶせてあげました。一つ足りない分は自分がかぶっていた手拭いをかぶせてあげました。 ~

 

この「かさ地蔵」のお話には、雪がかかせません。
雪が先か地方が先かは定かではありませんが、このお話は山形や秋田などの雪国に多く伝わるお話のようです。
手ぬぐいの他にも、地方によってはおじいさんが笠と蓑をかぶっていてその自分の古い笠をかぶせてあげた説や、おじいさんの褌(ふんどし)をかぶせてあげたという説もあります。

 

 

~ 家に着いておじいさんが笠をお地蔵様にかぶせてあげてきてしまったことをおばあさんに話すと、おばあさんは「それは良いことをしました、お地蔵様も喜んでくださったでしょう。」といっておじいさんと一緒に喜びました。
そして、食べるものも無い二人は薄い布団に包まって早く寝てしまいました。
夜中、ドスンドスンと言う音が聞こえてきます。二人はそっと戸をあけて覗いてみると、笠をかぶったお地蔵様が「親切なおじいさんの家はここじゃここじゃ」と歌いながら重そうな荷物を家の前に積み重ねていきました。
表に出てみると、積み上げられていたのはたくさんの食べ物や小判でした。
手拭いをかぶったお地蔵様が置いていった小さな包みの中には手拭いがたたんでありました。
ほっかむりの無くなったおじいさんが気の毒だと思って新しい手拭いもきちんと返してくださったのでしょうね。 ~

 

 

皆さんは、気付きましたか? 実は、このおはなしは悪者が出てきません。
良いことをすると良いことが返ってくるという教訓がやさしいお話に込められているのです。
悪者が出てこないお話といえば、「となりのトトロ」も悪者が出てきません。その為、子供に安心して見せられるということで親にも人気だったので大ブームとなったのです。
このようなほのぼのとしたお話は、人に親切にするという心が薄れてきている今の世の中にこそ大切なのではないでしょうか。

 

さぁ、目の前に雪をかぶったお地蔵様が。あなたはどうしますか・・・?